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第八章 サイアク 第一話

Author: 夏目若葉
last update Last Updated: 2025-04-26 08:50:50

***

「もしもし。すみません……お忙しいですか?」

 麗子さんと飲みに行った翌日。

 私は気まずさや気恥ずかしさをなんとか払拭して、宮田さんに電話をかけた。

 つとめて普通に振舞った……つもりだ。

『ごめんね緋雪、僕も連絡しようと思ってたんだけど……ちょっと忙しくなっちゃって』

 申し訳なさそうに言う電話の彼の声の向こうに、ざわざわと他の人の声が混じる。

「今、外ですか?」

『うん。縫製の担当と打ち合わせ中』

「すみません、そんなときに電話してしまって」

 謝罪の言葉を述べると、電話口からクスっと笑い声が聞こえた。

『なに言ってるの。僕も緋雪の声が聞きたかったよ』

 そんな甘い言葉を言われると、胸がキュンとする。

 その事実がまた、これが恋なのだと私に自覚させるんだ。

『今晩、一緒に食事でもする?』

 そう誘ってくれたのは嬉しいけれど。

 今、彼の背景で聞こえるざわざわした声が、仕事の忙しさを強調している気がした。

「今日は、私も仕事が立て込んでるので……」

 咄嗟に断りの文句を口にしていた。

 本当は、彼に会いたい気持ちのほうが強いのに。

『そっか。残念だな』

「あ、えっと……この前、香西さんにお借りした服を返したいと思ってるんですけど。私が直接お詫びして返したほうがいいですよね?」

 間接的に宮田さんに返しておくっていうのも香西さんに失礼だと思う。

 ちゃんとお礼が言いたいし、やっぱり直接顔を見てこの間の失態をお詫びしたい。

『あー、あれね。もらっておいても文句は言われないと思うけど』

「そんなわけにいきませんよ!」

 香西さんにとっては、適当な服を用意してくれただけで大したことじゃないのかもしれないけれど。

 貰うだなんて、そこまで香西さんに甘えるわけにはいかない。

『じゃあ、明後日』

「明後日?」

『香西さんが仕事を請け負ってるアパレルメーカー主催でショーがあるんだ。僕も見に行こうと思っていたし、緋雪も一緒に行ってそのとき挨拶しながら返せばいいよ』

 そんな忙しそうなときに行って大丈夫だろうかと、疑念を抱いたけれど…。

 挨拶程度なら大丈夫だと、納得させられてしまった。

 挨拶とお詫びだけして、服を返したらすぐさま立ち去ろう。

 そんな所で部外者がウロチョロするなんて、邪魔以外の何物でもないんだから。

 迎えた翌々日。

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    *** 約束していた翌日。  私は朝一番で袴田部長のデスクへ行き、ブライダルドレスのデザインが出来たことを報告した。  最上梨子の代理として宮田さんがデザイン画を持ってくる件も話し、部長のスケジュールを確認する。「それにしても、突然出来るもんかなぁ」 「え?」 「いやだって、全然進んでないみたいなこと言ってただろ?」 そうやって、少し不思議そうにする部長に、私は満面の笑みでこう口にした。「最上梨子は天才なんですよ」 宮田さんに伝えた時間は十四時。  その少し前に私は一階に降りて宮田さんの到着を待った。  しばらくすると、黒のスーツに身を包んだ宮田さんが現れて私に合図を送る。「お疲れ様。昨日のアレで足腰痛くない?」 「え!!……ここでそういう話は……」 「あはは。緋雪、動揺してる」 ムッと口を尖らせると、彼は逆にニヤっと意味深な笑みを浮かべた。「その顔やめてよ。尖らせた唇にキスしたくなる」 そう言われて私は一瞬で唇を引っ込めた。「あちらのテーブルへどうぞ。言っときますけど今日は“仕事”ですからね、宮田さん!」 「はいはい」 ガツンと言ってやったつもりなのに、この人には全然効いてない。  ……ま、それは以前から変わっていないな。「これなんだけど……」 移動するとすぐに宮田さんは書類ケースから一枚のケント紙を取り出して私に見せた。  テーブルの上に並べられたそれを見て、私は一瞬で驚愕する。「な……なんですか、これは……」 ケント紙に綺麗に濃淡をつけて色づけされたデザイン画。  生地の素材や装飾の内容など、詳しいことは鉛筆で書き込まれている。  それらを見て、私は息が止まりそうになった。「あれ……ダメだった?」 おかしいな、などと口にしながら隣でおどける彼を、  この時 ――――本当に天才だと思った。「マーメイド……。こんなすごいドレスのデザイン、私は初めて見ました。最上梨子は……計り知れない天才ですね」 「……そう? 緋雪に褒められると嬉しいな」 「感動して泣きそうです。行きましょう! 部長に見せに」 テンション高くそう言うと、宮田さんがにっこりと余裕の笑みを浮かべた。

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第六話

     しばらく意識を手放していた私がぼんやりと目を開けると、そこには逞しい胸板があった。  私を腕枕していた手が肩を掴んで、ギュッと身体ごと抱き寄せる。「起きた?」 声のするほうを何気なく見上げると、やさしい眼差しが向けられていた。  目が合うと先ほどまでの情事を思い出して、途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。「緋雪は恥ずかしがり屋さんなんだね」 そう言ってこめかみにキスを落とす彼は、余裕綽々だ。「あ、そうだ。頼まれてたデザイン、出来たんだけど」 「デザインって……」 「もちろんブライダルドレス。海のやつね」 「え?!」 以前に彼が自分で採点をしてボツにしたデザインじゃなくて……。  まったく新しいものを描き直してくれたのだと思うけれど。「出来たって……納得できるものが描けたってことですか?」 「うん。けっこう自信あるよ。自分の中じゃ手直しは要らないと思うくらい」 「え~、すごい!」 食いつくように目を輝かせる私を見て、彼がクスリと笑った。「最近、仕事が絶好調なんだよね。急になにか降臨してくるみたいに、ポーンとデザインが頭の中に浮かぶんだ」 「そういうのを、天才って言うんですよ」 「そうかな? 緋雪と結ばれた次の日から急にそうなったんだけど」 香西さんが、最近の彼のデザインを見てパワーアップしてると言っていたし、素晴らしい才能だと絶賛していたことを思い出す。 やっぱりこの人は、天才なんだ。「出来たデザイン、見せてください」 「ごめん、今ここにはないんだ。事務所にあるから」 「じゃあ、明日事務所に行くので……」 「僕が緋雪の会社に持って行くよ」 「え?」 明日の予定を思い出しながら、何時に事務所を訪問しようかと思考をめぐらせていると、宮田さんから意外な言葉が発せられた。  私がデザイン事務所を訪れることが、普通になっていたのに、どういう風の吹き回しだろう。「うちの会社に、来るんですか?!」 「うん。どのみち出来上がったデザインは袴田さんに見せることになるよね? だったら僕が行ったほうが早いから」 「それはそうですけど……」 「あ、緋雪は一番に見たい?」 その質問には素直にコクリと頷く。  自分が担当だということもあるから余計に、誰よりも早くそれを見たい気持ちがあるのはたしかだ。「じゃあ、袴田さんに会う前

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第五話

     急激に自分の顔が赤らむのがわかった。  彼の言うことはもっともだと思うのだけれど、いざとなると恥ずかしさが先に立つ。「じゃあ……プライベートではそう呼ぶようにします」 「今、呼んで」 「え?!……こっ……こうき」 舌を噛みそうなほどガチガチに緊張しながら彼の名を呼ぶと、クスリと笑われた。「緋雪は本当にかわいい」 「もう!」 「ちゃんとベッドでもそう呼んでね」 からかわないでと言おうとしたところに、逆に彼のそんな言葉を聞いて更に顔が熱くなった。「顔、赤いけど?」 「そりゃ、赤くもなりますよ」 いつの間にか至近距離に彼の顔があって…。  そのなんとも言えない色気に、一瞬で飲み込まれてしまった。「その顔……ヤバい。すごく色っぽい」 「え? ……逆だと思いますけど」 「は? 僕? なにかフェロモンが出てるのかな? 今、めちゃくちゃ欲情してるから」 耳元で囁かれると、電流が走ったように脳に響いた。  彼のくれるキスは、最初は優しくて甘い。だけどそのうち深く、激しくなって……。  舌を絡め取られるうちに、なにも考えられなくなっていく。  手を引かれ、寝室の扉を開けると、彼が私の後頭部を支えるように深いキスが再開された。「緋雪は僕を誘惑するのが本当に上手だね」 ベッドになだれ込んで、覆いかぶさる彼を見上げると、異様なほどの妖艶な光を放っている。「ど、どっちが……ですか」 誘惑されているのは、私のほう。  欲情させられているのも、私のほう。  あなたは自分の持つ色気にただ気づいていないだけ。  ――― 色気があるのは、あなたのほう。 あなたの長い指が、私の髪を梳く。  あなたの大きな掌が、私の胸を包む。  あなたの柔らかい舌が、私の目尻の涙を掬う。「ほら、呼んで? 名前」 ふたりの吐息が交じり合う中、律動をやめずに彼が言う。「……い、今?」 「さっき約束したじゃん」 パーティの夜にも同じことをしたけれど……  今日の彼はあの時より余裕があって少し意地悪だ。  私には余裕なんて、微塵も無いのに。「早く呼んでよ。じゃないと、僕も限界が来そう」 ほら、と急かされるけれど。  私もやってくる波に煽られて、身体が自然とのけぞってくる。「こう……き。……昴樹……好き」 私の声を聞いて、一瞬止まった彼の律動が

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第四話

    「今日、岳になにをされた?」 感触を確かめながら、私の右手をそっと握る彼の瞳に嫉妬の色が伺える。「全部は見てなかったから。抱きしめられた?」 「いえ、それはないです!」 「だけど、頬にキスはされたよね?」 ……それは、見てたんだ。  というか、二階堂さんも見られているタイミングでわざとやったんだろうけど。「ほかの男でも腹が立つのに、相手が相手だ。緋雪が昔一目惚れした岳だよ?! 僕があれを見て、どれだけ気が気じゃなかったかわかる?」 だから……一目惚れじゃなくて、憧れなのに。「だったらなぜ、私に八年前のことを言わせたんですか?」 私にとっては、もう昔のことで。  ただの憧れだったし、今は綺麗な思い出だ。  だから、八年前のことを二階堂さんに告げてもあまり意味はなかったのに。「緋雪が今も岳のことが心に引っかかってて……要するに好きなんだったら、後悔のないように告白させてあげたかった」 「それで、私と二階堂さんがくっ付いちゃったらどうするつもりだったんです?」 「そしたら……岳から奪う」 彼が、諦める、と言わなかったことがうれしくて。  私の右手を握る彼の手の上に、自分の左手を重ねる。「私は二階堂さんじゃなくて、あなたが好きです」 「緋雪………初めて好きって言ってくれたね」 もっと早く、言うべきだった。  どこまでが冗談なのかわからない彼は、本当は異才を放つ最上梨子なのだ  そう思うと、何の取り柄も無い女である私が傍にいるのはためらわれていた。  彼が仕事で関わるモデルの女性はみんな綺麗だから、私より絶対魅力的に決まっている……なんて、歪んだ感情も芽生えたりしていた。  好きだと態度で示されても、気まぐれにからかわれているだけだと思っていた。  いや……思おうとしていたんだ。 彼のデザインを見るたび、彼の作ったドレスに触れるたび、心をギュッと鷲づかみにされてその才能の蜜に吸い寄せられていた。  そんな人に好きだと言われ、態度で示されたら……。  しかもキスなんてされたら……最初から、ひとたまりもなかったのに。「僕も、好きだよ」 彼が心底うれしそうな顔をして、私の右の頬を撫でた。  そしてそこへ、ふわりと口付ける。  今日、二階堂さんがキスした場所と同じところだ。「上書き完了」 そう呟いた彼の顔が妖艶すぎ

  • 解けない恋の魔法   第九章 一人二役 第三話

    「宮田さんにとって、私ってなんですか?」 「え?」 「どういうポジションにいます?」 泣いても喚いても、執拗に詮索しても。  あなたにとって私がなんでもない存在ならば……  嫉妬したって、それは滑稽でしかない。「一度抱いただけの、仕事絡みの女ですか?」 「違う!!」 弱々しい私の言葉を、彼の大きな声が否定する。「僕は恋人だと思ってるし、緋雪以外の女性に興味はない」 信じないの? と彼が切なそうな表情をする。「こんなに緋雪のことが好きで、思いきり態度にも出してると思うんだけど。僕は自分で言うのもなんだけど一途だし。なのにそこを疑われるなんて……」 不貞腐れたように口を尖らせる彼に、そっと唇を寄せる。  そう言ってくれたことが嬉しくて、気がつくと衝動的に自分からふわりとキスをしていた。  唇を離すと、驚いた顔の彼と目が合う。「良かった。本当に枕営業しちゃったのかと思いました」 「……は?」 それは、パーティの席でハンナさんに言われたことだ。  なぜか今、それを思い出して口にしてしまった。  自分でもどうしてわざわざそれを持ち出したのかと思うとおかしくて、笑いがこみ上げてくる。「あのパーティの夜、宮田さんは……午前〇時を過ぎても魔法は解けないって言ってくれましたけど。朝になったら解けちゃったのかなと……なんとなく思っていたんです」 「どうして? 僕は解けない恋の魔法を緋雪にかけたつもりなんだけどな。あ、いや、ちょっと待って。それじゃやっぱり、僕は魔法使いってことになるじゃん!」 真剣な顔をしてそう抗議する彼に、噴き出して笑う。「不安だったのは、僕のほうだよ」 「……?」 「あの夜は気持ちが通じたと思ったし、心も身体も愛し合えたと思った。だけど、もしも無かったことにされたら……って考えたら、不安だった」 「……そんな」 「僕はやっぱり魔法使いで、王子は岳なのかも…って」 ――― 知らなかった。  宮田さんがこんなふうに思っていたなんて。  二階堂さんと私のことを、こんなにも気にしていたなんて。「宮田さんは王子様兼魔法使いなんですよ」 「……何その“兼”って、一人二役的な感じは」 「それとも私たちは、シンデレラとはストーリーが違うのかも。ていうか、一人二役でなにか問題あります?」 「……ないけど」 気まぐ

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